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旅 280日目 遺されたモノ


4月9日 指宿市~屋久島行きの船の上の旅。

道の駅にて起床。
久しぶりにテントを張ったような気がする(笑)
昨夜は気付かなかったが、道の駅の端っこにもう一つテントがあり、テントの主はカブダーだった。

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マフラーに干渉しそうで絶妙なところで当たらないサイドバッグを参考にさせてもらう(笑)
進む方向は反対だったし少し話してお別れ。
朝からいい出会いだったな(*´∀`)


ぴょろーっと走って知覧へと進む。
これまでに出会った人たちにオススメされていた知覧特攻平和会館を見学するためだ。

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道中に偽物の縄文杉があったりしつつ、無事に到着。

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外には戦闘機が置いてあったり、特攻隊員が使っていた三角兵舎があったり。

祈念館と博物館の共通チケットを買って入館。

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特攻平和会館の中には戦争で散って逝った若き特攻隊員たちの遺書や遺品が展示されていた。

ここに行ったことがある人からは「感動した」とか「泣いた」とかそんな感想を聞いていたけど、僕が感じたのはひめゆりの塔に行った時と同じく、途方もない絶望と怒りだった。

特攻隊員たちは17歳から32歳の男たち。
第二次世界大戦の最終局面である沖縄での決戦に向けて全国から集まった若者たちがこの知覧から飛び立った。
お国のため、悠久の大義のためと戦闘機に乗って敵艦に突っ込む。
自ら命を捨てにいく彼らは遺書に死に逝くことを「嬉しい」「日本男児の本懐」と綴っていた。
検閲されるとわかっているからそう書いたのかな。
死にたくない、戦争なんてしたくないなどと書けば非国民として扱われる時代だったんだろう。
弱音も吐けず、彼らの家族も死ぬなと言えない。
生き残ることは恥ずかしいことであるとさえ思いこまされ、死に逝くことを大義という言葉で片付ける。
沖縄のひめゆり学徒隊の少女たちも、特攻隊の少年たちも、お国のためにと死を迫られた。

特攻隊に任命され、明日死ぬとわかっていながら過ごす最後の夜はどんな気持ちだったんだろうか。
入館前に見た三角兵舎で最後の夜を過ごし、きっとそこで遺書を書いて、声を殺して枕を濡らしたんだろう。
死の寸前、彼らは何を想い、何を叫んだんだろうか。

特攻隊の彼らの身の回りのことは、なでしこ隊と呼ばれる女学校の生徒たちがしていたそうだ。
死に逝く少年たちを見送る少女たちもまた、身を切られる思いだったのではないだろうか。
もう必要ないからと少年から財布を手渡される少女、渡せるものが何もないからと、地上で最後に踏んだ石を形見に渡すものもいた。

機上の人になってしまえば、もう二度と地面を踏むことはない。
地上を離れて数時間後には死んでしまう。
知覧飛行場を飛び立ち、開聞岳を何度も振り返り、そして沖縄の海に散って逝った。

戦争によって死んで逝った者たちはみな、戦争によって殺されたと言える。
戦争に駆り出された兵士はもちろんのこと、戦争に巻き込まれて亡くなった人たちも。

戦争をした国が悪い、若者たちを死に向かわせたものが悪いと、そういう考えも頭の中にある。
しかしそんなふうに考えてしまうと戦争によって死んで逝った人たちの行動を否定するというか、無駄だったと言ってしまうような気がしてしまう。
もう二度と戦争をしないことが彼らの死を無駄にしないための一つの方法なのかな。
それにこうやって知った戦争の悲劇を思い出して忘れてしまわないように、平和ボケのお花畑にならないようにしていくことも大切なことなんだろう。
ここにある彼らの遺書の一文や遺品の一つを頭の中に置いておこうと思う。

だが悲しいことに世界ではまだ戦争が行われている。
争いの力を違うことに向ければ、今よりもっといい世界になりそうなのに。
領土や領海を巡って争ったって、結局は大きい宇宙の中の銀河の一つの地球っていう小さな星の中に暮らしてるんだから、何かもうね…。
叫びたくなりますよね。うん。
人間って何なんやろ。

とにかく特攻平和会館、是非とも訪れてみてください。
メンタル安定してる時じゃないと俺なんかが生きててゴメンナサイになる可能性はありますが。

さて、特攻平和会館の次は博物館へ。
平和会館のインパクトが強すぎて博物館のことはあんまり覚えてない。
手書きでつけてる日記にも博物館の文字が出てこない。
ついでにリアルタイムで訪問から半年も経っているからなおさら思い出せない。
民具とか農具とかの展示と民話とか方言の紹介的なものと地質学的なものもあったかな。
どうだったかな。

毎度のことながら当初の予定時間を大幅に超えて見学を終えた後は鹿児島市方面へと移動。
平和会館と博物館、一日かけてゆっくり見たかったな。

指宿スカイラインの知覧‐錫山間(有料30円)を走り、展望台に立ち寄る。

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黄砂とPM2.5の影響でくっきりとした錦江湾の眺望は楽しめなかった。
本来なら目の前には雄大にそびえる桜島があるはずなんだけど、ぼんやりとしか見えない。

買い物したり何だかんだで時は過ぎ、九州をほぼ一周走り終えた僕は屋久島行のフェリー乗り場へとたどり着いた。

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利用したのはフェリーはいびすかす。

出港は18時。
それほど混雑していない待合室でパンをかじってぼんやりと過ごす。

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そして乗船。
さすがは貨物船というかなんというか、船内はとても質素。
待合室で出会った人たちと話しながら船に揺られる。

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種子島に一晩停泊して明日の朝には屋久島に上陸。
初めての屋久島。
久しぶりの離島。

襲い掛かる試練、必然と偶然の再会、そして新たなる出会い。
世界遺産の島で何かが起こる。



走行距離:78km


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プロフィール

まっきー

Author:まっきー
愛車スーパーカブ110PROに生活道具を積んで日本一周の旅へ…。

2012年4月28日に大阪を出発。
時計回りに日本を走り回り、たまに実家に帰りつつ2013年6月7日、大阪へ帰着。

2013年6月30日、日本縦断に出発。北海道とねぶた祭りを楽しんで南下、鹿児島まで行く予定が途中の四国で満足してしまい、10月4日に大阪へ戻る。

日本一周+縦断?での走行距離は39590km。
地球一周分くらい?

2014年7月、3度目の北海道へ。
僕はいったいどこまで行けば気が済むんだろうか(笑)





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