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旅 230日目 今も、どこかで


2月18日【那覇・南部周遊】沖縄日81目。

昨日までの早起き生活は消え果て、ゆっくりと10時に起床。
寝坊できると思うと際限なく眠ってしまう(笑)
洗濯してご飯食べて、天気もいいし本島南部を走りに行くことに決めて出発。
まずはひめゆりの塔へと向かった。

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慰霊碑に手を合わせ、修学旅行生の群れが去るのを待ってから資料館に入った。

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「ひめゆりの塔」とは沖縄戦の最中、日本軍負傷者の看護や生活の世話をしていた女学生集団「ひめゆり学徒隊」の慰霊塔であり、この資料館はひめゆり学徒隊として活動していた学生達の手記や当時を振り返った映像資料などが展示されている。

そこに描かえているのは想像を絶する戦時中の様子と、彼女たちの行動の数々。
当時15歳から19歳の少女たちは日夜運ばれてくる兵隊たちを受け入れる。
彼女たちの主な仕事は負傷した兵隊の足や腕の切断だった。
攻撃を受け、血にまみれ、抉り取られた体の一部を切断する。
壊疽が進み腐る前に、蛆がわいた手足をのこぎりで切り落とす。
喚き暴れる患者の体を押さえつけ、ほとんどが麻酔もなしの施術。
15歳から19歳、まだ少女である彼女たちにとって、当時の凄惨な光景は残酷過ぎたものだろう。

空襲、爆撃、鮮血、逃げ惑う人々、傷口から沸く蛆、内臓を撒き散らして、目の前で何人も何人も死んでいく。
そんな情景を、戦争の悲惨さをひめゆり学徒隊の目線から語りかけてくる。

当時の軍国主義教育と、それに疑問を持たない、持たせない教育者。
お国の為、天皇の為と、死に逝くことを美しいとさえする風潮。
言論は制限され、戦争に反対すれば非国民やスパイだと罵られる。
戦争に加担するもの全てが自分たちは正しいことをしていると思い込んでいる。
何が正義で何が悪なのか。
このひめゆりの塔の資料館を見て、戦時中の一部分を知ったとしても、それは氷山の一角に過ぎない。
日本がこれまでに外国に対してしてきたこと、語られない戦争の歴史、それを踏まえた上でここを訪れないと、ただ「かわいそう」「アメリカが悪い」となりかねない。
大事なのは多角的に物事を見ることだ。
正面から見れば四角でも、上から見れば丸かもしれないし、裏から見れば三角かもしれない。そもそも何が正面で裏なのかを考えるところから始めなければ。
ただ与えられたものを鵜呑みにするだけじゃなく、正しさだとか真実だとかが重要じゃなく、何が起きてどうなったかを知ることが大事なんじゃなかろうか。
戦争で日本は負けた。たくさん人が死んだ。それも事実だ。
でも日本もたくさん殺した歴史がある。それを忘れてはいけない。

感じたことはたくさんあるが、中でも印象に残った言葉を一つ。

兵隊さんは死ぬときに「天皇陛下万歳」と言って死んでいくと先生に教わったが、兵隊さんは「お母さん」と言って死んでいくのが不思議だった。

いかに徹底した軍国主義教育が執り行われていたかがうかがえる。
疑問を持たさず、疑いを持つ隙も与えずに国の為に死ぬが正しいと教え込む。洗脳教育と言っても過言ではない。
そうやって国の為、天皇の為と必死に耐えてきた彼女たちに思いもよらないことが起きる。

終戦を間近にしての突然の解散命令。
それも敵に囲まれた激戦地の真っ只中で。
逃げ場もなく、武器も何ももたない彼女たちへの解散命令は死の宣告と同じ意味だっただろう。

防空壕から飛び出して、目の前でさっきまで一緒にいた友人が撃たれて命を奪われる。手りゅう弾での集団自決。
自決もまた、捕虜になるくらいなら死んだ方がましだという教えによるものだ。
自決を促すのは捕虜になって生き延びて情報を漏らされるより「捕虜は屈辱」と教え込んで軍事機密を守るための要素が強かったのではないだろうか。
国の為なら人一人の命など軽いということの表れではないか。
この辺は諸説あるだろうし、何が本当で何が虚偽なのかはわからないが。

国の為に死ぬことが当たり前、そんな風潮にあると散々書いてきておいてなんだが、みんながみんなそんな考えであったかと言えば、実はそうでもない。
賛成するものがあれば反対するものがあるのが世の中。
「一人でも多く生き残れ。そして後世に伝えろ」
そう言った教師がいるのも事実。

平和になった日本にとって戦争は過去のものだが、世界中で今もまだ戦争は続いている。
その中で今も多くの命が失われている。山ほどに積み重なった小さな問題が積もり積もって、事の発端は何だったのかわからないものまで戦争に加担し、命の奪い合いを続けている。
一度狂い出した歯車はどちらかが壊れるまで回り続ける。

閉館のアナウンスに背中を押されて外に出る。

資料館に入る前と入った後では、目の前に映る街の景色さえも違って見えるから不思議だ。
このままベースに戻る気にもなれず、近くの喜屋武岬へと足を伸ばした。

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今はこんなに穏やかな表情を見せるこの場所もかつては激戦地区であり、たくさんの人が死んで逝った場所だ。

夕暮れにはまだ早いし、那覇に向かいつつ夕日スポットを探して走る。
名城ビーチの近くの砂浜に着いたころにちょうど日没。

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ぼんやりと夕日を見送って、一か所だけ灯っていた電照菊を眺めてからベースに戻る。

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今夜も酒を飲みながらダラダラ。
何でもない平和な時間が、今日はいつもより特別に感じることができた。



本日:50km

総走行:20675km


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プロフィール

まっきー

Author:まっきー
愛車スーパーカブ110PROに生活道具を積んで日本一周の旅へ…。

2012年4月28日に大阪を出発。
時計回りに日本を走り回り、たまに実家に帰りつつ2013年6月7日、大阪へ帰着。

2013年6月30日、日本縦断に出発。北海道とねぶた祭りを楽しんで南下、鹿児島まで行く予定が途中の四国で満足してしまい、10月4日に大阪へ戻る。

日本一周+縦断?での走行距離は39590km。
地球一周分くらい?

2014年7月、3度目の北海道へ。
僕はいったいどこまで行けば気が済むんだろうか(笑)





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